知らなかった。驚いた。

STAP細胞事件に関わっている某人物が、「ハーバードで研究をしてきたOさんに、実験ノートを見せろとは言えなかった」と報道陣に漏らしたそうでは無いか。
いやー知らなかった。正直その発言が、「そのように考えさせてしまう土壌(というか環境?)で、あの人達が研究をしている」という事実をさらけ出したも同然。そのような劣悪環境が存在するなんて姉さん知らなかった。
まず、記録や証拠としての実験ノートの存在を軽く見過ぎ。。。それが一番大きな問題。そしてさらに、そこからぶら下がっているショッキングな事実は実験ノート、まるで下着扱いなところ。この人の実験ノートは見たら悪いとか、この人のなら見てもいいとか、そんな風に考える自体がありえない。そこにその人の経歴が影響しちゃうのは何故?
実験ノートなしでは、研究は成り立たないって姉さんは思うなあ。実験ノートは、何の実験をどうやってやってどういう結果が得られたのかコツコツ全て記録して、研究者が「俺は仕事をした!」というための証拠なのです。その研究者自身にとっても大切な記録となり、自分で実験のトラブルシューティングを行うのに役に立つし、何よりも論文書く時に「何をどうやった」っていう記録がなかったら困るでしょ。他の研究者(特にボスとか)と議論するときもやっぱり証拠としてみせるものなのです。というか、まともなボスなら、実験について話し合う時に、まず「実験ノート見せなさい」というし、それもあって学生の頃から「ああやっぱり実験ノートはしっかり記録していかないと」っていう感覚がさらに身に付いてくるんだと思う。
そして、実験ノートの証拠としての大切さは、誰がそれを書いていようが変わらないはず。こそこそ記録して、下着みたいに扱うものではない。誰が見たっていい様に堂々と書くのが実験ノートなのだから。姉さんの周りのPI(Principal Investigator: Oさんのポジションと同じ。研究室を持つ立場。)は、他の少しランクが高いPIにアドバイスを求める時も、実験ノート持っていくぞ。過去にどこの研究所にいたとか、関係ない。実験について話し合う人間同士、「ん?」と思ったら「ちっとノート見せて、もっと詳しく説明して」という権利があるんです。
「ハーバードで研究してたから」とかいう経歴のせいでここまで扱いが変わってしまうなんて。日本特有の上下関係に加え、変な経歴主義?みたいなものが働き、さらに証拠をもとに議論できない奇妙な体質がハビコっている環境でけんきゅーを行うと、何が出来上がるか、というのが良く分かるのが今回の事件。
。。。
何かアッセイを設計する時とか(実験の設計をする時)、その実験の結果について話し合うときも、実験ノートは登場しなかった訳か。。。となると、良くても、パワーポイントに適当に貼付けたデータを元に議論がなされてたことになるな。電子ノートブックに記録してた訳ではなさそうだし。
普通、パワーポイントは結果をまとめて考察して発表するための道具だし、それだけを元にして研究を進めていくラボは見たこと無いなあ。というか、それは上辺だけを見ることになって危ないので、普通は研究室単位でじっくり話し合うときはやらない。本当に、どうやって研究してたんだろう。
まあ、ここまで色々さらけ出されると、もはやあれは研究ではなく、膨大な税金を費やして行われた、ただの詐欺だということが明らかだ。一生懸命働いて税金を納めている国民を尻目に、高尚なふりをして行われて、一見(一般の人からは)分からない壮大な詐欺。最悪だ〜しかもこれ氷山の一角。。。
うーんでもここまでひどいのは聞いたことも見たこともないかも。これってやはり分野のせいもあるんだろうな。

ついに抜け出ました

ついに抜け出た。所謂「退院」。
最後の最後まで予想外の出来事に悩まされたが、学位無事に貰えた!これでビザ申請ができる。というか、これでやっとビザ申請の一歩手前の手続きが始まる。
去年の今頃は本を読んでもほぼ理解できないほど神経をやられてた。あの大地震もありましたしね。でもあの地震のおかげで人生変わりました、実は。いつどこで災害にあうか分からない地殻・気候変動の時代に、自分の可能性にかけてやりたいことをやらずに悶々と生きるのはリスキーすぎます。もちろん、自分がどんなに努力しても無理だと分かりきっていることを押し進めるのはリスキーに決まっていますが・・・でも周りが勝手に作っている「空気」や「決まりごと」に首を絞められる必要はないはずだ。
今まで支えてくれた人々に感謝している。ありがとござます。あと、結局1年近く待ってくれた就職先にも。
卒業式には行かなかったが、学位記をもらった後の学科の謝恩会にもちゃんと出席して任務を全うし(もちろんけんきゅーしつの同期が仕事をしないので姉さんが委員をやらなければならなかっただけですが)、さらにけんきゅーしつの所謂「追いコン」にも出席し(これは卒業生が自分の他にもう1人しかいなかったから、欠席したら後輩に悪いなと思った)、完全にやることはすべて終えた。これでもうけんきゅーしつに行かなくて済むなんて夢の様である。
自分の机の片付けを終えてからけんきゅーしつには顔を殆ど出さなかったが、その間に体調がどんどん良くなり、卵巣付近の痛みが消えた。原因不明だと思っていた卵巣の腫れはストレスからきたものだったらしい。原因が分かったので良かった。
けんきゅーしつという悪夢に浸ることで、ようやっと夢の見方が分かったようなものだが、もう2度とあのキャンパスには足を踏み入れたくないし、あの人達とはサイエンスの話はしたくないと思っている。関わりたくない。同期の博士課程進学者ちゃんからは、どうも「友達」だと思われているらしいが、残念ながら姉さんはそう思わない。自分でやるべきことを殆ど押し付けておいて、「友達」はないだろう。姉さんにとってはあくまでも「けんきゅーしつの同期だった人」である。あの環境で何の疑問も覚えない人達に対して、姉さんは恐怖心すら覚える。
閉鎖的かつ縦社会がスタンダードな日本のけんきゅーしつでは、自然に「何が面白いか」よりも「誰が偉いか」という向きに自然とベクトルが向いてしまうようだ。結果的に本質がサイエンスから離れていく。もちろんそうでない研究室が存在することも知っているので断言はしないが、傾向として。なんかもう極端なところまで行くと、税金を用いたおままごとにしか見えない。もうけんきゅーしつについては色々書いてきたので、これで終わりにします。
最後に。修了できて良かったです。
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終わらない悪夢

信じられないことに、姉さんがいる専攻では学位授与式の後に謝恩会を「しなければならない」らしい。教員に「感謝」する会だから、学生は教員がタダで参加できるよう、教員の会費分も負担することになるらしい。高額の会費を払うことになり、そして、参加不参加に関わらず、今年度に卒業する修士と博士からは強制で会費(1万円を超える。)が徴収されるらしい。
大学までなら謝恩会があっても仕方がないような感じがするが(当時は文句タラタラで参加したが。)、大学院でまでやるのか、謝恩会。
大学院で謝恩会なんて今まで聞いたことないし、姉さんと同じ大学の他の専攻で修士に行った友人や、他大学院の修士に聞いてもそんなものはないと言う。そもそも、おかしいと思うのが、
・参加不参加に関わらず、ここの専攻から外に出る人間全員から強制的に会費が徴収されること
・委員長はどうも教員によって任命されるらしいこと
有無を言わさず、ってことか。しかも博士まで対象になっている。謝恩会委員会なるものが修士の学生で構成され、役割分担し、役割によっては謝礼が出る(こんなこと工夫する意味あるのか?)。この訳のわからないシキタリが、代々踏襲されてきたらしい。
普通に考えたら、大学院だし、参加したい人間だけで、その人数でまかなえるスケールで行うべきだろう。そして、これは学生が提案して行われるべきイベントであって、教員が言い出しっぺになって行われているのもおかしい気がする。仮に学生が言いだして企画しても、もしそれで学生が集まらないなら、それは学生が本当に感謝していないからであり、しょうがない。
どこからどう見ても、これは謝恩会ではなく、「ここから出ていくやつは全員、俺達にできる限り盛大に感謝しろ会」である。おそらく教員が盛大に感謝されたくて、しかも、学生が集まらないのは嫌なので(つまり実はあまり感謝されてない現実を知るのが嫌なので)、強制徴収という形をとったのだろう。修了していく全員から徴収することで、金額的に規模は可能な範囲で最大になり、しかも、お金を取られるなら出席するしかないという理由で、学生は殆ど出席する。
ここの専攻の教員が無駄にイベント好きで、しかもちょっとアレなのは分かっていたが・・・
このイベントが存在すること、それが何の疑問も無く代々踏襲されてきたことが、この専攻の性質を要約しているような感じ。最後の最後にこれが来るとは。神様には感謝しているが、教員にはこれっぽちも感謝していない。もはや笑い飛ばせない。しかも、例によって姉さんの同期は働かないので、姉さんが研究室代表(委員の一人)。
最後の最後まで、学生は教員がfeeling superiorするためのお手伝いをしなければならないのか。お金を払ってまで。
もうここまで来てボイコットとかするつもりはないが、参加はしたくない。参加しなかったことでつべこべ言われても、つべこべ言うのは思考回路が停止した、狭い世界の住人達。その外にある社会に出ていく人間にとって、そのつべこべが何の意味を持つだろうか。

しいたけ君5周年

明日でシイタケ君を飼い始めてから5年が経つ。まだ卵黄嚢がお腹に付いてる時に買ったので、5歳ということになる。
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シイタケ君が来る前に、タケノコ君というクサガメを飼っていたのだが、かなり小さいまま成長が止まってしまい、カルシウムも与えて日光浴をさせているにも関わらず、甲羅がやわらかめだった。あれは、今考えてみると先天性の病気だったんだろうな(死因は棚から落ちたことによる甲羅損傷)。
シイタケ君は甲羅が硬くて、とても活動的なので長生きすると思う。
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あともうちょっとで修論のプレゼンがあって、そしたら全てがおわる。修論を出してからプレゼンまで2週間しかないので、もっと気楽に過ごせるかと思ったが、いつも予想は裏切られる。
というか、このけんきゅーしつ、予想外のことばかり起きるのだ。悪いことしか起きないってところがポイント。姉さんの同期は1人が壊れて休学、2人は博士進学希望者。その博士組が大変で・・・博士に行きたいなら、普段のセミナーでの態度とはうって変って、修論提出後のプレゼン練習のこととかでイニシアティブを発揮してくれるだろうと勝手に思っていた。しかし、現実には予想外のことが起きた。
そもそも、修論が書きあげられなくて大変だった。ポスドクが付きっきり。提出期限のどれくらい前までに教授に提出して、チェックしてもらおうとかいう気はないらしい。てか、チェックはしてもらわないとイケナイのだから、提出期限が迫る前に教授に渡さないとダメだ。「見て頂く」のだから。その辺の意識がないらしい(けんきゅーしつで唯一まともなポスドクもそう言っていた)。
そして、修論を提出した後に、中々研究室に現れない。姉さんも修論執筆中のダメージから癒えるため2日間休んだが、彼ら、プレゼンの練習日をもう決めなきゃアカン!という日になっても来ないのだ。なんかイライラしたので姉さんが勝手に教授と話して日時を決定。彼ら、普段のセミナーの時も仕事してくれないのだが、今回も姉さんがやることになるとは思わなかった。練習当日のプロジェクター準備とかも姉さんがやることになるんだろうな(きっと彼らは練習が始まる直前の時間までパソコンに貼り付いていると思う)。
予想外ですYO!だって、修論執筆と発表くらいできなくて、どうやって博士号取得するんだYO!唖然。
そんな滅茶苦茶な状況で、姉さんはけんきゅーしつの機器のメンテナンスをM1に引き継ぎしたりしなきゃいけなかったりで・・・そういうメンテナンス系の仕事や、コンピテントセル管理(引き継ぎ済み)にも、博士組は口を出してこないというか、興味を持ってくれなかった。さらに文句を言うと、このけんきゅーしつの他のメンバーが実験機器とかを丁寧・清潔に扱ってくれないことが多いので、実験をしていた時は機器の掃除から始めなければならない時が良くあった。ここにメンテナンス系の仕事が入り、さらに実験指導もしてもらえず(というか誤ったことを習い)、これでおかしくならない人がいるだろうか・・・。
あと、けんきゅーしつがとんでもない悪循環に陥っていることに気付かない教員達。あなたらが昼休みに話している内容を聞いて、頭がおかしくなりそうだ。内容は書かないけれど、姉さんはもはや教授も准教授も、人間的にも学術的にも信じていませんよ・・・・
無事に毎日を乗り越えるので精いっぱいですよ。

出した。アレを。

ついに昨日アレを出した。学位論文。
まぁ予想はしていたし、驚きではないが本当に穴だらけの論文だ。でも出来る限りのことはした。
いざ論文としてまとめだすと、そもそも与えられたテーマに論理的な筋が通っていない(単なる教授の頭の中の夢物語である)ことに気付いたり、始めの1年と半年に「チューター」という名のポスドクだったり「指導教官」という名の教授に「指導」されて行った実験がどれだけ不適切でバカバカしいものだったかを改めてシミジミと感じ、吐き気がした。結局姉さんが全てに気が付いて、このけんきゅーしつでまともに実験できたのは最後の4ヶ月だけである。
修論を書こうとして新たに愕然したことも沢山ある。
けんきゅーしつの皆さんが使っていたプロトコルが間違っていて、さらに、とあるポスドクが良かれと思って購入していた試薬も、けんきゅーしつで使ってる細胞株には毒性が強すぎることに気が付いて、残された少ない時間で実験系を確実に動かすための方法をリサーチして実験を行ったその一連の流れは、同じチームのポスドクの目に「○○(姉さんの名字)さんが色々頑張って条件検討した」という風にしか映っていないことも判明した。その「色々頑張って条件検討した」ことを論文に書けと言ってくるのだ。実験系が上手く動かなくて、でもその実験系が動かないと進まない研究をしていて、残された時間が少なくて、でも他の複数のグループが同じ実験系を用いた研究をしているのなら、それらのグループで上手くいっている方法に習うのは当然の選択だと思う(そもそもその実験系の構築は目的ではないし)。その結果判明したのがけんきゅーしつのプロトコル間違いと、ポスドクの試薬勘違いだったのだ。一体その顛末をどう書けと言うのか。
さらに愕然としたのは、そういったことを姉さんが指摘してきたにも関わらず、「指導教官」にはその一連の流れを、「姉さんが適切な細胞株を用いてなかったために実験系が上手く動いてなかった」と書くように言われたことだ。確かに姉さんが始めに使った細胞株はあんまりあの実験に向いてなかった。でもそれはこの話の本質ではなく、そもそも実験の原理すら踏まえずに日々の実験を行い「けんきゅー」を行っている研究員が多くいることが問題になるはずだ。普通なら。そして、そのような研究員を育てたり、雇ったりする側に責任があるはずだ。普通なら。
考え方に論理が通っていなくて、大した議論もなしに、感情論で物事が進む。
サイエンスが目的の集団だったら、今まで姉さんがショックを受けてきた物事の数々は起こらないだろう、と最近思うようになった。いや、ある意味気が付いた、というべきか。
姉さんがいるけんきゅーしつがおかしなことになっている大きな原因は、そもそもボスの興味がサイエンスではなく、サイエンスを通じて築き上げる名誉にあることなのだ。自分がどれだけ「偉く」なれるか、そのおかげでどれくらいの研究費を巻き上げられるか。
それを基準に研究テーマの吟味をするし、共同研究は自分が上に立てる場合しかやらない。よって、自分のけんきゅーしつを卒業した人達としか組まない。
一番恐ろしいのが、データの吟味までそのような視点で行われ、誰もそれに異を唱えないことだ。ポスドク達は、まるで偉くなりたいボスの奴隷の様に見える。彼ら自身の人生は一体どこへ行ってしまうのだろう。他のメンバーも、「意見を言う」ということをしない。このような環境は、やがては捏造の温床となるだろうし、もう既に起きている可能性もある、と姉さんは思うようになった。捏造が仮に起きなくても、サイエンスと呼べる所業ではない。
こういうけんきゅーしつに限って莫大な研究費を「当てる」のが不思議だし、遺憾でならない。研究費は、元を辿れば税金である。沢山の人が一生懸命働いて国に納める税金の、一般人から見ればとんでもない桁の金額分が、このようなけんきゅーしつに「投機」されているのだ。サイエンスにも、そこにいる人間のトレーニングにも使われることはない。文科省も、どのような組織にどれくらいの額のお金を落としているのか、あまり把握する気がないのだろうか。この世界には投資という視点はないのだろうか。まともな人がいるけんきゅーしつに限って、あまり研究資金をもらってなかったりするのはなぜなのだろうか。
純粋なサイエンスは税金の助けが無ければ成り立たないのだ。だからこそ、資金の巡りやその消費の仕方に関して、透明性が必要だと思うのだが・・・そのためには第三者機関による定期的な評価が必要だろう。
こういうことに気が付くと愕然とするし、修論を書く手は止まるけれど、知らなくてはならない現実でもあったと思う。理想ばかり見ていても、自分の方向性は定まらないのかもしれない。時には愕然とする様なイベントに出くわして、改めて初心に戻ることが出来るのかも知れない。
でもあのような環境があることを肯定するわけでは、決して、ない。なんか変だ。
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今日から本格的に修士論文を書く。Figureは殆どできとるのだが、なかなか本文を書く気になれず、昨日まで普通に実験してました。今月中しか実験はもう出来ないのだが、とらねばならないデータが2つ。来週がんばりやす。
これまで、今いる「けんきゅーしつ」・大学院に関する考察はちょこちょこ書いてきたが、修士論文終わったら、自分が留学後日本に帰ってきてからの3年間で何を見たか、それらが一体何を意味しているのか、もっとしっかりまとめたいなと思う。それまでブログはお休みです。
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ピっちゃんです。

全く分からない。

今週あったけんきゅーしつのセミナーは愕然とさせられるものだった。それだけなら良いが(?)、その後のけんきゅーしつの雰囲気にも驚いた。
何人もいる特任研究員(外部資金調達能力なし)は全員見事に迷走している、というのは以前のエントリーで書いた。ポスドクには「迷走」期間がつきもの、という人もいるかもしれないが、一般的に考えられる「迷走」と比較し、このけんきゅー室内で起こる「迷走」はレベルがケタ違いであることを理解してほしい。いや、理解できなくても全く問題ないですが。
そのうち一番まずいレベルの研究員Aは、半月ほどアカデミア外に職を得て去っていった。姉さんと、たった一人のまともな研究員は、Aが去ることでけんきゅーしつの雰囲気が少しは改善されるだろうと考えていた。
しかし、今週のセミナーにおいて、その期待が見事に裏切られたことが発覚した。
Aの次にまずい研究員Bが、まるでAがいなくなって穴が開いた「迷走大大魔王」のニッチを埋めるように、さらにまずい状態になっていたのだ。そのBを、セミナーで教員がまるで「餌を食らう」かのように批判しまくった。
Bがさらにまずい状態になっていたことは確かに驚きだった。しかし、そのポテンシャルは随分前から見えていたはず。姉さんが一番驚いたのは、Aがいた時にも既に明らかだった、けれども指摘していなかった、Bのテクニカルな問題を、Aがいなくなった途端に堰を切ったかの様に、教員が指摘し出したことだ。なぜ今まで放置していたのだろうか。それも、鼻で笑ったりしながら、まるで貪る様に批判した。
そんなBを見た他の研究員(othersとする)の反応、さらには同期の反応にも驚いた。
othersはまるで、自分達はBよりもしっかり仕事をしているのだと言わんばかりに、集まってBの陰口を言いだしたのだ。罵倒されるBを見て、自信も増したようだ。同期はothersについて実験しているから自分達はBとはレベルが違うんだ、と言わんばかりに威勢を増した。
そもそも、なぜBがAの様な扱いを受けるようになったのか。一番大きいのはAが抜けたという事実ではないかと思う。教員達は、鼻で笑う対象を無くしたのだ。そこに都合良くやる気が低下したBが入ってきたことがこの現象の原因ではないかと思われる。
いつも不思議だったのが、何故自分が鼻で笑いたくなるような研究員をけんきゅーしつに置いておくのか、というところ。教員が自分のプライドを保つため、なのだろうか。実験ができない人間を雇っておくことで、ポジティブな影響が期待できる訳がない。なぜそのような人間にテクニシャンまでつけてやるのか。姉さんには、その目的が全く分からない。
そして、Bをあざ笑うothers。Bとは異なる意味で、仕事がやばいことになっている現実を認識しているのだろうか。おそらくしていない。なぜなら、仕事していなくても(自らの意志で論文を書くこと。)このけんきゅーしつで雇ってもらえているからだ。仕事しない研究員をダラダラ雇っている、その目的が全く分からない。
あと、今回の話と直接関係ないが、以前誤った試薬のプロトコルが蔓延していたと書いた。そもそもinstructionを読まずに誤ったプロトコルで実験している研究員、それをなんの疑問もなしに受け継いで、実験が上手くいかなくても何の疑問も思わない研究員、こういう人達は、他のところでも何かやらかしているに違いない。姉さんがセミナーで、間違ったプロトコルが蔓延している事実を発表しても、何の反応も返って来なかったのは一体どういうことなのだろう。特にラボヘッドには反応してもらいたかった。なぜなら、間違ったプロトコルを用いることで、無駄に倍の実験費を食う上、上記の様に、様々な部分で問題がある研究をしている研究員がいる/いた、ということで、けんきゅーしつとして問題だからだ。雇っている研究員の、肝心の研究能力は、なぜ公正に評価されないのか。というか、そもそも、ラボヘッドの「けんきゅーしつ統制能力」を公正に評価するシステムがないのは何故なんだ。全く分からない。
同期についてはノーコメント。
ポスドクの就職難、アカデミックポストの減少、という話は良く聞く。優秀な人でも職にあぶれてしまう、と。その「優秀」というのがどのように優秀なのかは知らないが、Bやothersよりもずっと研究能力が高い人間はごろごろいるはずである。なぜ、本当に必要な人材は雇われないのか。人を評価する常識やシステムの無さが、本当に研究向きの人間を研究員ポストから遠ざけ、そうではない人間を研究員として大学に雇う様な、異様な世界を創りだしているのではないか。
そんなことを本気で考えてしまう一週間だった。