今更・・・

今年の始めに、北米のResearch Techの仕事を探していたわけだが、その際にCHOP(Philadelphiaの小児病院)にも応募していた。自分の分野は大分医学系から離れるのだが、やっている実験の種類はそう変わらないので病院系にはかなりの数応募した覚えがある。
結局、「分野・仕事の種類として、本当にやりたいことは何か」「それゆえにどこなら自分が即戦力になれるか」みたいなのを重視して、医学系に応募するのを辞めたのだが。
その際にCHOPに応募した仕事からは、自分はどうやら落ちたらしいのだが(アメリカの病院のテクニシャンへの応募者は膨大な数に登る。よって落ちたヒト全員に「あなた落ちましたよ」のメールを出さない。某人事談)、自分のプロフィールがCHOP内の他の仕事とマッチしたらしい。半年以上後・・・つい先日、とあるポジションについて「詳しくお話しませんか、もし本当にマッチしたら面接します」というメールが来た。
で、御断りのメールをすぐ送った。
良かったのだと思う。全く迷いはない。
応募した時は勿論、医学系のその分野(遺伝子治療系)に惹かれていたのだが、その後その手の論文を読みあさった結果、自分に響いてくるものがないと感じるようになった。逆に、自分と共鳴する分野がわかるようになった。音楽みたいなものだ。
ただ、嬉しかった。自分を一瞬でも見てくれたということが。
誰もお互いを見ようとしない世界に住んでいるからね。

不都合な真実

結局、修士課程を修了することにした。
修士号を持っていてもアメリカで研究に携わろうと思った際にはほぼ意味がない。アメリカでは、修士号は博士課程をドロップアウトしたヒトが貰う学位だからだ。Ph.Dを持っていて初めて「何か出来そうなヒト」程度に見られる。
そんなわけで、U氏は始め姉さんが日本に留まって修士課程を終えることは、無意味だと言っていた。姉さん自身も、これ以上修士課程に留まることに、意味を見いだせなかった。
それが、秋から渡米しようと思った理由。
しかし、穴があった。
日本の修士号を持っていることはサイエンスの場では意味を成さないが、実は公的な手続きを行う際に大きな意味を持ってくる・・・研究所のHRに、「修士号なしではJ1を申請できない」という制約の存在を告げられた。形式上、何か専門技術があり、役に立つ人間だと示すためには有効なのだ。
というわけで、教授に頼み込んで続けさせてもらうことにした。今週末から月曜にかけて、自分の研究テーマを残った時間でどう展開させるかを考えなければいけない。
目標があれば、今の環境でもどうにか生き残れそう。
もう就職のことを気にしなくて良いので、徐々に集中力が戻ってきている。周りの人達の下らない動向も、さほど気にならなくなった。周りから自分を切り離すことについては、あまり良いことだと思っていないのだが、そうせざるを得なくて・・・そのことについてはまた今度。
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またまた、虫の写真の季節になりました。
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クロベッコウハナアブ。ぱっと見、ウシアブみたいに見えるが、実はハナアブの大型のやつ。
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非常に、翅の模様が綺麗だ。
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超大型なだけに、顕微鏡写真でしか見たことがない触角の構造が良く見えた。
生きているムシが、自然界で生き生きと動き回る様子を写真におさめるのも好きなんだけど・・・時には冷蔵庫で麻酔して、静かにしているムシを撮影してみる。厳かな感じで良い。

最終プラン

今朝U氏とSkypeした。
ビザの件に関してだが、研究所側は2つのオプションを提示したそうだ。
1つは、H1bのむりやりの取得を試みること。ただし、この種類のビザは、本当にアメリカが必要としている資格を保持するヒトのみに与えられる。資格としては「BSからでも可」となっているようだが、実際問題、自分の分野だとPhD持ちでも難しいのではないか。取得を「試みる」ことはできるが、プロセス自体が複雑で、その後も様々なrestrictionがつきまとうようだ(良く知らないので要勉強)。
2つ目は、自分が修士号をとってから、その書類を用いてJ1を取得すること。J1には交換留学の時にお世話になってるので知っている。こちらのオプションの場合は、研究所側もかなり迅速に手続きを進められるようだ。
というわけで、予想通りに修士を修了しなければならないという結論に到達。U氏が待っててくれるというので、それならやってやろうではありませんか・・・
と、思ったとはいえ、この展開にあせっている姉さん。U氏のラボの研究内容も勉強中で、自分の今の研究室での状況は今まで自分が経験したことがない程滅茶苦茶。
そんな姉さんの心情を察してか、U氏はひたすら姉さんのペースで論文を読んでこっちの研究内容を勉強し、Skypeで定期的にディスカッションをする機会を設け、ビザに関しては姉さんのボスが言うこと(姉さんがこのままビザをとるのは難しいでしょうね的な)を気にするのは辞めて、ちゃんとU氏の研究室が入ってる研究所の人事部と連絡をとって、計画遂行のために最善を尽くすべきだよ、と言ってくれた。やることさっさとやって、早くこっちに来れば良いじゃない、と。
ていうか、U氏的には、日本の研究者と話をしてると、姉さんがなんでここまでして日本から出たいのか理解できるらしい。笑
自分の中にバラバラして、自分を混乱させているもののプライオリティーをこのように整理してくれるU氏は、既に自分のメンターのようになっている。小さな幸せを感じた。
そういう幸せを噛みしめて生きていきたいし、自分も周りにそういう幸せを与えながら生きていきたいと思えるだけでも、自分は恵まれているのかもしれない。

ビザ事件

考えていた計画は、そう簡単に実行できそうにないということに、相手側が気が付いて連絡してきた。
問題は、予想はしていたけれど、ビザをとるのが難しいこと。
敢えて、未だ相手側(以下U氏)はビザ取得が今の計画だと「難しい」と表現しているため、姉さんは宙ぶらりん。ただ、計画を多少変更しなくてはならなくても、姉さんを雇うためにできることはなんでもすると言っている。
で、今の状態ではビザをとるのが難しい。これは、姉さんがspecialized degreeを持っていないため(BScしか持ってない)。MSやPh.Dを持っていると、ビザの申請は格段に容易になるのだそうだ。当たり前だけどね。
学士号のみでも、アメリカに渡りテクニシャンをやっている外国人は数人見ているため、姉さんはそれが自分もできるのではないかと思ったし、U氏も問題ないと思っていた。そこに穴があった。
U氏の研究室が入っている研究所は、今どうやったら姉さんがビザをとれるかのオプションを模索している。ただ、一番有効そうなのは、修士をとることらしい。
なんだか、日本の大学院脱出という、当初の目的からずれていきそうな展開。
明日、U氏と電話して、本当にそうすることが必要なのかを考える。
本当に修士をとらねばならないとすると。。。結構辛いな。ただ、できないことではない。

ようやっと

雇用先の研究室の研究分野について、渡された資料を元に勉強を始めた。
昨日のシンポジウムの時も思ったんだけど、やはり今自分がやっているテーマはつまらない。生物学において、もはやトランスポゾンは無視できない存在ではあるけれど、そこに大きなウエイトを置くことに関しては・・・自分にはできないな。それを専門に、例えば分子進化とかやりたくなっても、結局ヒトに訴えていくために、ツールとしてのトランスポゾンの研究もしなくてはならなくなるのだと思う。で、ツールとして見立てていくうちに、当初感じていた面白さを見失うんじゃないかと(姉さんだったら、というシミュレーション。)。
いや、そうは書いてみたけれど、ホントのところは良く分からない。眠すぎる。

コネなしテクニシャン就職

国外から、コネクションなしで就職先を見つけられるとは思わなかった。
もちろん、分野的な繋がりがあり、直接人脈が繋がっていたわけではないけれど、コラボレータの名前を知っていたことや、そのコラボレータを訪ねて実際過去に会っていたこと等は、相手にインパクトを与えたかもしれない。ただ、それはおそらく親しみを持ってもらうことができた、というレベルの話。
実際相手が買ってくれたのは、やる気と、コミュニケーション能力(会話+文章かく能力)、自分でより高いところに目標を定めて、そのために必要な何かを遂行する意志の強さ。
その事実は、自信を失いかけていた自分に少し自信を与えてくれた。次に行く場所ができた、という面からだけではなく、生きるのに必要な自信を取り戻したという意味で、自分にとって大きい。
あと、過去の留学先の教授達が、strong letterを送っといたよ!と言っていたので、彼らが書いてくれたことも大きかったのかも知れない。自分は敢えて、自分のために書かれた推薦状を読むポリシーはないので、何が書かれていたのかは分からないのだが。

job offer

ついに某研究室の内定獲得。嬉しすぎてどうにかなりそうです。給料も悪くない。ベネフィットも他につく。即アクセプトのメールを出す。仕事内容としては、2割はラボのマネジメント、8割はインディペンデントなプロジェクト。
これから色々手続きのことを調べなければならないので、油断なりませんが、努力が報われて良かった。助けてくれた皆さんに感謝。