終わらない悪夢

信じられないことに、姉さんがいる専攻では学位授与式の後に謝恩会を「しなければならない」らしい。教員に「感謝」する会だから、学生は教員がタダで参加できるよう、教員の会費分も負担することになるらしい。高額の会費を払うことになり、そして、参加不参加に関わらず、今年度に卒業する修士と博士からは強制で会費(1万円を超える。)が徴収されるらしい。
大学までなら謝恩会があっても仕方がないような感じがするが(当時は文句タラタラで参加したが。)、大学院でまでやるのか、謝恩会。
大学院で謝恩会なんて今まで聞いたことないし、姉さんと同じ大学の他の専攻で修士に行った友人や、他大学院の修士に聞いてもそんなものはないと言う。そもそも、おかしいと思うのが、
・参加不参加に関わらず、ここの専攻から外に出る人間全員から強制的に会費が徴収されること
・委員長はどうも教員によって任命されるらしいこと
有無を言わさず、ってことか。しかも博士まで対象になっている。謝恩会委員会なるものが修士の学生で構成され、役割分担し、役割によっては謝礼が出る(こんなこと工夫する意味あるのか?)。この訳のわからないシキタリが、代々踏襲されてきたらしい。
普通に考えたら、大学院だし、参加したい人間だけで、その人数でまかなえるスケールで行うべきだろう。そして、これは学生が提案して行われるべきイベントであって、教員が言い出しっぺになって行われているのもおかしい気がする。仮に学生が言いだして企画しても、もしそれで学生が集まらないなら、それは学生が本当に感謝していないからであり、しょうがない。
どこからどう見ても、これは謝恩会ではなく、「ここから出ていくやつは全員、俺達にできる限り盛大に感謝しろ会」である。おそらく教員が盛大に感謝されたくて、しかも、学生が集まらないのは嫌なので(つまり実はあまり感謝されてない現実を知るのが嫌なので)、強制徴収という形をとったのだろう。修了していく全員から徴収することで、金額的に規模は可能な範囲で最大になり、しかも、お金を取られるなら出席するしかないという理由で、学生は殆ど出席する。
ここの専攻の教員が無駄にイベント好きで、しかもちょっとアレなのは分かっていたが・・・
このイベントが存在すること、それが何の疑問も無く代々踏襲されてきたことが、この専攻の性質を要約しているような感じ。最後の最後にこれが来るとは。神様には感謝しているが、教員にはこれっぽちも感謝していない。もはや笑い飛ばせない。しかも、例によって姉さんの同期は働かないので、姉さんが研究室代表(委員の一人)。
最後の最後まで、学生は教員がfeeling superiorするためのお手伝いをしなければならないのか。お金を払ってまで。
もうここまで来てボイコットとかするつもりはないが、参加はしたくない。参加しなかったことでつべこべ言われても、つべこべ言うのは思考回路が停止した、狭い世界の住人達。その外にある社会に出ていく人間にとって、そのつべこべが何の意味を持つだろうか。

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