先人の知恵は利用すべし–結論

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先人の知恵に、囚われるべからず。逆に利用すべし。
人間はそうやって生きてきた。のだと思う。
サイエンスの世界もそうやって成り立っていく、というか成り立たせていくものだと思う。
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けんきゅー室の環境がおかしなことになっていることは、これまでも色々な面から書いてきたが、ついに根本的な原因に辿りつけたかもしれない。
要約すると、
他の研究グループ、研究分野で得られた知見を利用していては「新しいことをする」のに結び付かない。よって勉強しない。
という考え方。
勿論、誰もやっていないことに挑戦することが大切な業界ではある。ある程度独自の知見を、自分のけんきゅー室で蓄積する必要はある。しかし、上のは優れた戦略だろうか。
あそこには、この考え方が極端な形で浸透した結果、基本的な分子生物学的手法に始まり、某遺伝子解析のため(某研究グループが立ち上げた)の大きな実験系のことまで、原理や歴史を理解しようとするヒトがほぼいない。用いる試薬の原理も理解せず、全て自分流でやることがまるで、良いことのようにされている。10の手法を必要とする研究があるとしたら、その1つ1つの手法を、原理を勉強しないで、自分で開発しなければならないということである。とんでもない矛盾を抱えた、最悪の戦略だと思う。
他人の知見に依存してしか研究しない、又はできない(つまりは、その他人さん達とニッチが被ってしまう、自分で考えられない)のと、他人の知見を踏み台にしていく(その他人さん達の知見の必要な部分だけ利用する)のとは、全く別の行為だ。
さらに、その必要な部分だけ利用する行為と、自分で新しい場所を切り開く行為も区別すべきだと思う。
例えば、細胞への遺伝子導入法を研究しているけんきゅー室でないなら、特別な場合を除きトランスフェクション方法を新たに思いつく必要はない。幾らでも既知の方法があり、市販の試薬もあるのだから、まずはその中で検討すればよい。逆を言うと、そういうラボにとって、トランスフェクションは失敗するトコじゃないのだ。フォーカスを置くべきトコは、その先にあるのだから。この場合は、トランスフェクションの部分は「他人の知見を踏み台にする」ステップとなる。
もう一つ挙げるなら、例えば大腸菌で発現させたタンパク質が不溶化していて、どうしても可溶化したい時。普通はまず、一般的に行われている可溶化方法を勉強して試すだろう。何も分からない状態で試行錯誤すべきステップだろうか。大事なのは、発現させたタンパク質の働きなのではないか。
1人の人間の中で矛盾が生じ、それが大きくなりすぎるとその人が崩壊していくのと同様に、姉さんはあのようなけんきゅー室も崩壊の一途を辿るだろうと考えている。ある辺りからその予兆が始まっているのだが、なぜ今まで持ちこたえることができたのだろうか。
実は、けんきゅー分野に秘密がある。
一言で表すと、悪い意味で「一発屋」でいられる分野なのだ。あまり行われていないことに目をつけて、一発何かをやって、論文を出す。また別のことに目を付けて、一発何かをやる。
悪い意味で「一発屋」だと思うのは、一発何かをやった後にフォローアップしないからだ。その一発で出た結果について、詳細な分析を行わない。そこでフォローアップできれば、新たに論文を出すネタが生まれると思うのだが、一度齧った部分は二度と齧りたくないのだろうか。単に新しいもの好きなのか、論文にした「新しい現象」とやらを詳細に解析していくノウハウがないのか、どちらなのか分からない。どちらにしても、学術的に深みが無い。
そして、手法の原理を勉強しない様子と、一発何かをやって論文にしても、その現象がどのように起きたのか全く解析しようとしない様子は、どことなく似ている。再現性も、どこへ行ったのだろう。
けんきゅー室で起きている問題の殆どは、ここに書いたことで説明できる。論文で忙しくなる前にすっきりして良かった。こういう分野もあるのだということは、知っていて損はないと思う。

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