“gai-jin”

今日の一番の収穫はトンボの写真が撮れたことです。
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姉さんの図鑑によると種類はblue-eyed darner。トンボの季節だ!夏の間にもっとでかいトンボの写真も撮りたいです。
そういえば、アメリカに来てから結構沢山の日本人が”外人”って言葉をアメリカ人に対して使うので、友達には散々始めのころ注意しましたが・・・あの人たち、未だに使うのですよ、その単語。
って話をアメリカ人の友達にしたら「いや外人はそいつらだろ」って言ってましたがホントですよ。
あの人たちは自分が外国人だという意識が低すぎるのか?
でもあの人たち、アフリカ系とアジア系のことは”外人”って呼ばないんですよ、不思議なことに。
アフリカ系や中東系で肌の色が黒ければ、即”黒人”と呼び、アジア系は”中国人”とかSPECIFICな呼び方をしている気がします。
あの人たちは日本にいた時もその単語を同じ人たちに対して使っていたと思われる。というわけで、
外=外から入ってくる異質な  +   人=人間
っていう定義ではないということが伺えます。
つまりは外人=日本人じゃない人-(アフリカ系で肌の色が自分と大幅に異なる人
           +中東系で肌の色が自分と大幅に異なる人+他のアジアの国の黄色人種)
を指しているわけです。問題は見た目がすべて基準になっているという点です。
アメリカで”外人”って言葉をアメリカ人に向かって使うのはもちろん問題ですが、
日本も実は国際社会化しつつあります。日本に住む”外人”や”黒人”、その他アジア系の人たちが確実に増えてきているのです。彼らが日本の人たちと結婚して生まれる子どもたちは、見た目はあの人たちいわく”外人”や”黒人”でも、日本語を話し、日本の学校に通う、日本国籍をもつ日本人であることは結構多いです。
あの人たちはそれでも彼らを”外人”とかって呼ぶのでしょうか。
姉さんの祖父・祖母の世代が日本人以外と接するのに慣れていないがために、そういう変な枠をつくるのなら少しは(ほんの少しだけ)理解できますが、姉さんの世代が、しかも姉さんと共に海外生活している人たちが、頭の中にそういう枠を持っているのだということを感じると、痛いです。
こういう”外人”とかって言葉の一番いやな面は、悪い意味でのステレオタイプを作り出すところです。つまりは、見た目だけで判断して、実は多様なバックグラウンドやパーソナリティーを持つ人たちを一つの箱にいれてしまうわけです。確かに、その単語と一緒にくるステレオタイプが全くその人たちに当てはまらないわけではありません。当てはまってしまう人もいるのです。しかし物事はたいていそんなに単純ではないし、必ずステレオタイプに全く当てはまらない人々が結構います。
そういう人たちにまでレッテルを貼る力が言葉にはあります。
仮に故意にそういう単語をあの人たちが使っていなくても、それが後々他の人にそのステレオタイプ的なイメージを振りまくこともあるのです。
姉さんは昔からステレオタイプに当てはまるような人間ではありません。良い意味でも、悪い意味でもです。でもだからこそ、そうやって見た目(ちょっとトピックずれるけど性別とか)で判断されて勝手な間違ったイメージを持たれることに対して、かなりの抵抗があります。
たぶん”外人”とかっていう単語を使ってるあの人達はそんなに考えてないのでしょう。
でもちょっとは考えてみればいいのにな。
日本人って変なの、ってお話でした。

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